交通事故で治療費を打ち切られたらどうすればいいか
交通事故の怪我で一番件数が多いのは頚椎捻挫や腰椎捻挫等のむち打ち損傷です。むち打ちの事案では,保険会社との交渉の中で,ほぼ毎回といっていいほど治療期間の点が争いになります。
保険会社から治療費の支払いを打ち切られてしまうと,まだ満足に働ける状態ではないにもかかわらず,自費で高額な治療費の負担を強いられることになってしまいます。被害者の方は,怪我を治すどころではなくなってしまい,治療の継続をあきらめざるを得ない状況に置かれてしまいます。
この記事では,交通事故の治療費支払いの仕組みと,治療費の打ち切りを宣告されたときにどのように対処していけばいいのか等について解説していきます。
1.むち打ち損傷事案における治療費打ち切りの背景
保険会社の担当者から,「むち打ち損傷で他覚的所見がなく,保存療法を繰り返しているだけであるから,今月末で治療費の支払いを打ち切りたい」といった連絡を受け,困った挙句ご相談にいらっしゃる方は非常に多いです。では,なぜこういった治療費の打ち切りが発生するのでしょうか。
1.1任意一括払いの仕組み
まず交通事故において,治療費がどのように支払われているのか,「任意一括払い」と呼ばれる仕組みを理解しておきましょう。
任意保険の損害保険約款では,任意保険が強制保険である自賠責保険の支払分も含めて,被害者に対し一括賠償を行うという任意一括払いが行われています。自賠責保険の負担分については,後日任意保険が自賠責保険に求償を行うので,被害者の関与なく清算が行われます。
具体的に任意一括払いの内容を説明すると,次の通りです。
①被害者は,加害者に損害賠償請求するにあたり,自賠責保険の支払分も含めて任意保険に請求することができます。そのため,任意保険との間でのみ示談交渉をするだけで交通事故の問題を解決することができます。
②任意保険が被害者から同意書を取りつけ,病院等に対し治療費の支払いを直接してくれるようになるので,被害者は窓口で治療費の支払いをすることなく通院を継続できます。
1.2任意一括払い導入の理由
このような任意一括払いの仕組みはなぜ導入されたのでしょうか。
本来病院等に通院して治療を受けた場合,治療費の支払いをする法的義務を負っているのは,当然ですが患者本人です。交通事故の場合,被害者は,後日加害者に対し治療費や慰謝料等を損害賠償請求することができますが,それはあくまで病院等とは別個の法律関係です。
そのため,任意一括払いの仕組みがないと,被害者は,怪我をして満足に働くことができない状態であるにもかかわらず,毎回病院等の窓口で一旦治療費の支払いをしなければならなくなります。
また,任意保険は自賠責保険で賄えない部分について保障するものであるため,被害者は,まずは自賠責保険に対して請求手続をとっていく必要があります。そして,自賠責保険限度額を上回る段階になったときに,今度は改めて任意保険を相手に損害賠償請求していかなければならなくなります。
このような交通事故の被害者の金銭的負担や手続的負担を軽減するために,損害保険の中で導入されているのが任意一括払いという仕組みです。つまり,任意一括払いは,被害者の便宜のために,加害者からの委託に基づき損害保険の中で行われているサービスであると言えます。
1.3むち打ち損傷は自覚症状が中心で治療終了時期の判断が難しい
このように,任意一括払いは加害者からの委託に基づき行われている損害保険サービスの一つに過ぎませんので,任意保険としては,あくまで「加害者の立場」から,治療費が無尽蔵に膨らみすぎるのを懸念し,それを防止しようとしてきます。
特に,むち打ち損傷は,筋肉や腱,神経等の微細な損傷が原因となって疼痛が生じていると言われているため,レントゲンやMRI等の画像検査を実施しても,客観的に被害者が訴えている痛みの原因を特定することは困難です。そのため,骨折等と異なり,むち打ち損傷では,いつの時点で治療が終了するのか判断がつきにくいことが多々あります。
正確に治療終了時期を判断するためには,事故状況や患者の疼痛の自覚症状の変化等を,カルテを取り寄せる等して調査しなければなりませんが,すべての事案でそういった調査を尽くすのは現実問題として難しいと言えます。
こういった理由から,むち打ち損傷の事案では,任意保険は,打撲だけなら1~2ヶ月,捻挫もあるなら3~4ヶ月,重大事故では半年程度といった具合にある程度形式的に治療打ち切りの連絡をしてくるのです。
2.治療費打ち切りを宣告された場合の対処法 その1
では,むち打ち損傷の事案で,保険会社から治療費の打ち切りを宣告されたとき,具体的にはどのように行動すればいいのでしょうか。
2.1安易に治療を終了してはいけない
保険会社から治療費の打ち切りを宣告されたからといって,安易に治療を終了してはいけません。
先ほど説明したように,むち打ち損傷の事案では,保険会社は形式的に治療終了時期を判断し通知していることがほとんどです。治療状況を深く調査し,医学的な根拠に基づいて通知していることはめったにありません。裁判所で,保険会社が主張していた時期よりもずっと後の時期に,治療終了となっていたと判断されることはよくある話です。
それにもかかわらず,安易に治療を中断してしまうと,後で本当はもっと治療を継続したほうがよかったということが判明したとしても,治療を強制的に終了しなければならなくなってしまいます。治療の間隔が1ヶ月以上空いてしまうと,因果関係が切断されたとして治療終了となってしまうことが多いです。
また,むち打ち損傷の痛みやしびれが残存し後遺障害になる可能性が高い事案であっても,短期で治療を終了してしまうと,後遺障害の申請をしても正しく認定されない可能性が非常に高くなります。半年未満の治療期間では,むち打ち損傷の事案で後遺障害と認定されることはほぼないと思っていいでしょう。
さらに,当たり前のことですが,治療が短期で終了すると,本来請求できたはずの損害額が大幅に減少する形になってしまいます。
2.2医師に治療継続の必要性を証明してもらう
保険会社から治療費打ち切りの連絡がきたときは,まずは医師に治療状況について確認を取りましょう。
治療終了時期を判断する権限を持っているのは,基本的には今まで治療にあたってきた主治医です。裁判例でも,主治医の判断が著しく不合理でない限りは,主治医が判断した治療終了時期を尊重するという扱いがされています。
相談した主治医が,今後まだ治療の必要性があること,今後の治療方針について具体的に説明をしてくれた場合には,そのことを診断書の形にして証拠化します。その診断書をもって弁護士に相談すれば,保険会社は治療終了時期の判断を1~2ヶ月程度延長してくれることが多いです。
2.3医師が治療継続の必要がないと判断したとき
一方で主治医から症状が今後大きく改善することは難しいと言われてしまった場合には,残念ながら治療終了の時期が来ているということですので,後遺障害が残りそうであれば後遺障害の申請手続きに移ったほうが賢明です。
3.治療費打ち切りを宣告された場合の対処法 その2
主治医から治療継続が必要であるというお墨付きをもらえたのであれば,保険会社がその後も頑として治療費打ち切りの判断を覆さなかったとしても,基本的に従う必要はありません。
しかし,現実問題として当面の治療費の支払方法を検討していかなければなりませんので,その方法をいくつかご紹介しておきます。
3.1自賠責保険へ被害者請求をして治療費を回収する
まずは病院等で健康保険を適用してもらい治療費の自己負担分を3割負担にしておきます。
そのうえで,病院等の窓口で治療費を一旦支払った後,加害者側の自賠責保険に対し治療費の請求をしていき,通院に必要な治療費を回収していきます。この方法を被害者請求といいます。治療費打ち切りの場合によく使用する手段です。
自賠責保険では,傷害事案について120万円という支払限度額がありますが,健康保険を使っていれば限度額に達することはまずありません。自賠責保険では,任意保険が治療費を打ち切っていたとしても,よほどの軽微事故でない限り治療費の支払いがなされないということはありません。
3.2人身傷害保険の活用
自身の損害保険の特約で人身傷害保険に加入している場合には,それを利用して治療費の支払を受けることができます。人身傷害保険は利用しても等級が下がってしまうことはなく,保険料が増額されることはありません。
3.3労災保険の活用
①交通事故による怪我が業務中または通勤途中のものであること,②自賠責保険の支払いに先行して労災保険の給付を希望すること,③労働基準監督署に第三者行為災害届を提出することの3点を満たしていれば,労災保険へ請求することにより治療費を獲得することもできます。
労災保険では,慰謝料が認められなかったり休業損害も一部しか支払われなかったりしますが,自賠責のような傷害事案の限度額がない等のメリットがあります。
4.まとめ
保険会社から治療費の打ち切りをされたときの対処法等を解説してきましたが,いかがだったでしょうか。重要なことは,まずは冷静に自分の治療経過を見直すことです。そのうえで医師・弁護士の力を借りて保険会社へ毅然と対応していきましょう。
ほとんどの人は交通事故にあうのは初めてのはずです。怪我の治療をしていきながら,保険会社の担当者と連絡を取り合って適切な交渉を進めるのは非常に困難です。また,交通事故は事故直後から気を付けなければならないことがいくつもあるうえ,多くの書類を集めたり作成したりしなければなりません。
ガイア総合法律事務所では交通事故案件に力を入れており,数多くの案件で示談金を増額してきた実績があります。また,保険会社との交渉の肝所を押さえているため,適時適切な対応をアドバイスさせていただくことができます。
なお,できれば事故直後からご相談いただけると交渉をより有利に進めることができると思います。
交通事故にあわれて保険会社への対応や交渉の進め方等に悩まれている方は,ぜひ一度弊所までご相談ください。